新型ルノー メガーヌを見た
それは甲州街道で信号待ちしていたときだった。
なにとはなしに目の前を走り去るクルマを眺めていると、あまり見慣れないクルマが目に入った。
「ん?あれは・・・。」
と思い、よくよく見るとブルーのメガーヌ ハッチバックだった。
実物はデザインもさることながら、やはりサイズなりのボリューム感がある。
右側から近づいてくるメガーヌのフロントのデザインに目をやりながら、どんな人が乗っているのかとつい気になり、通り過ぎるクルマを目で追った。
中を見ると、運転しているのは30代ぐらいの女性で、後部座席にはチャイルドシートに子供が一人座っていた。
そこから推測するにおそらく二人は母と子で、メガーヌはファミリーカーとして使われているのだろう。メガーヌの位置づけからすると、まさに想定されている使い方で何の不思議も無い。まさに普通の使い方だ。
しかし、走っている場所が日本となると途端に見え方が変わってくるのが面白い。とてもお洒落に見えるのだ。
それは日本では少数派である輸入車の中でもさらに少数派であるルノーだからというのはもちろんある。それに加え、あの特徴的なリアのスタイルに代表される個性的で斬新なスタイルが加わってくる。自分がクルマ好き、さらにメガーヌ自体もまだほとんど走っていないという状況はあるにせよ、他のクルマを押しのけ一台だけ目に飛び込んできたのだ。
あまり他から突出することが好まれない日本というお国柄では、ファミリーカーであれほどの個性的なスタイルは日本のメーカーのクルマでは難しいのだろう。またそういった環境だからこそ、メガーヌのようなクルマの見え方がただのファミリーカー以上のものに感じられる。
周囲の環境も密接に関係してくるが、クルマにとってデザインはとても重要だ。それは表層的な単なる格好良いか悪いかといったレベルでの話ではない。クルマも街の風景を作る一部だと考えれば、建築と同じようにそれが与える影響は相当大きいのである。
日本の場合、本来景観に対して相応の敬意と注意が払われるべき建築物でさえも、その外観デザインがなおざりにされ醜い姿を平気で晒していることが少なくない。率直に言って、これは公共に対する積極的な「罪」であるとさえ言える。
そう考えると、デザインの悪いクルマというのも、同様に社会的に「罪」であると言えないだろうか。
よく格好より中身が重要だと言う人もいるが、個人的には格好と中身は等価だと思う。むしろ最近は中身が良いのはある意味当然で、その上でさらに格好が良いことが求められている時代だろう。
ルノーは最近「退屈へのレジスタンス」というのをキャッチフレーズにしている。ルノーにはメガーヌより先にさらにすごいアヴァンタイムがあるが、こちらは奇抜すぎてすでに生産が中止されてしまった。さらに上級セダンであるヴェルサティスも本国であまり好調ではないらしい。
これらの二台は一連のリアデザイン以外の部分(コンセプトそのもの)が個性的に過ぎたのかもしれない。その意味では、メガーヌは大衆車である分それらの二台よりは個性が抑えられていて、ヨーロッパでも大いに受け入れられているのだろう。
ヴェルサティスとアヴァンタイムは、商売上は好調ではないかもしれないが、そのチャレンジは高く評価すべきだと思う。ただ残念なのは、両車共にメカニズムとしての斬新さは無かったことだ。もしそれがあったら、かつてのシトロエンのような評価を将来受けることになっていたかもしれない。
ルノーには今後も「退屈へのレジスタンス」を期待したい。
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コメント
147に乗っているものですが、購入前に悩んだのがメガーヌでした。
あの後姿はとても個性的だし、美しいと思います。
写真でもそうですが実際にみるとうっとりさせるパワーがありますよね。
なぜ147にしたかといえばディーラーに行ってシートに座った時に惚れてしまったからです。合理的な理由はありません。
ところで日本社会の景観への無関心について書かれてらっしゃいますが、私もまったく同感です。
美しい風景は人の心を豊かにするし、子供を健全に育てる要素の一つだと思います。逆にいえば景観に気を配らなければ貧しくなるし、子供達も殺伐としてしまうということです。
投稿: keita0409 | 2008/05/27 04:09
keite0409さん
放置状態のブログにもかかわらず、コメントを頂きありがとうございます!
147に座った時に惚れてしまったとのこと、とてもよくわかります。
インテリアの見え方、そして機能的にも結構考えられているクルマだと思います。
私が147で気に入っている部分の一つにシートがあります。サイズもゆったりしていますし、ソフトでありながらも、きちんと体を支えてくれます。これになれるとドイツ車のシートが硬く感じてしまいます。
景観は本当に大切にしたいですね。実は一般的におしゃれとされているコンクリート打ち放しの建物がデザイナーズなんとかと言ってもてはやされているのも、私は違和感を抱いています。50年後にどのように評価されているでしょうか。
美しい景観への配慮、なんか取り戻したいものですね。
投稿: bellavoce | 2008/05/27 07:41